アニメアイドルマスターシンデレラガールズにおいて島村卯月が陥ったぬかるみ

アニメアイドルマスターシンデレラガールズも22話まで進み、いよいよ佳境となっています。多くの方が予想されていたとおり、最後に卯月の爆弾に火がついてしまいました。なぜこの状況に陥ってしまったのか、という点ですが、これも多くの方が指摘されているように卯月にとってはアイドルになることが目標であり、アイドルになったあとの目的ははっきり言うとなにもない状況であったためです。そのため、卯月にとっては、new generationsと活動を続けることが目的にすり替わってしまったのです。卯月がアイドルになったあとの目的がないことは、1話から丁寧に描かれ続けています。1stシーズンからわかりやすい箇所を一部ご紹介すると
「正直、どういうお仕事がアイドルの仕事なのか、私もよく判ってないんですけど……。でも夢なんです。」(1話:凛の「卯月はどうして、アイドルになりたいの?」という質問に対する回答として)
「あこがれだったステージにも立てましたし、CDデビューもラジオ出演もできましたし、あっ、次はテレビ出演できたらいいなって」(中略)「凛ちゃんと未央ちゃんと一緒に」(7話:武内Pの「島村さんは、今後、どうなりたいとお考えですか?」という質問に対する回答として)
あたりが挙げられるでしょうか。ほかにも様々な場面でnew generationsでの活動に依存している卯月が描かれ続けました。にくい演出なのは、特にわかりやすい上記の2場面はいずれもそのセリフが、それぞれ凛と武内Pが決断するきっかけとして描かれていることです。
そして、実は卯月にとっては、シンデレラプロジェクトはホームたり得ていないのです。これまでの22回、特に2ndシーズンを見直していただくと判りますが、プロジェクトの他メンバーと卯月が自発的にコミュニケーションをとっている様子はあまりなく、未央や凛の影に隠れがちに描かれています。卯月にとってはアイドルとしての全てがnew generationsであるといってもいい状況なのです。

では、卯月はどのようにこの状況を克服して前に進むことが出来るのか。酷似した状況に陥ったアニメアイドルマスターにおける天海春香は、方向はバラバラでも765プロのみんなで一緒に前へ進むという点をあらためて思い出させることで克服しました。これは「私、やっぱりみんなと同じステージに立つときが一番楽しい。ファンのみんながいて、765プロのみんながいる。私はこの瞬間が一番アイドルなんだって思うんだ。」(アニメアイドルマスター第25話のセリフから)という劇中のコメントからも明確です。ただ、これは社長も含めて全部で16人しかいない765プロにおける春香であるからこその結論であり、居場所をnew generationsにしか見いだせていない卯月には適用するのが難しい方法です。
既に凜と未央にとって、new
generationsは、外洋(未央は演劇、凛はTriad Primus)を航行してまた戻ってくる母港という位置づけになっています。そして22話楽屋における会話を経て、それは二人の間では既に共通認識です。ところが卯月にとってはnew generationsが世界の全てであり、外洋はないも同じです。卯月にとっての解決ストーリーは、new generationsを母港として認識できるようになることだと思うのですが、どのようなストーリー展開になるのか全く予想がつきません。あと2話でそこまで持っていくのはものすごく大変なような気がしますが、どのような脚本が描かれるのか楽しみにしたいと思います。

23話終了後追記
正直、私は卯月のアイデンティティにここまで踏み込んで来るとは思っていませんでした。そして、卯月にとってはnew generationsすらも実は居場所たり得ていなかったということまで踏み込んできたことも。以前も書いたのですが、ただのカードでしかなかったキャラクター達を等身大の人間として描いていく様は本当に徹底していると思います。さらにこれまでの二次創作などでネタにされていたものに対して、直接批判するのではなく、でもここまで踏み込んだ作品にしてくるとも思いませんでした。あんきらにしてもにわかロックにしても卯月の笑顔にしても。
それにしても卯月の「プロデューサーさんは私のいいところは笑顔だって……だけど、だけど……笑顔なんて……笑うのなんて、誰でもできるもん!……なんにもない……私にはなんにも……」というセリフは本当に来ますね……。
凜と未央が卯月を公園に置いて帰るシーンですが、似たような経験をしたことがある人の感想としては、正直、あそこで一緒に養成所まで来られたら気まずいだけです。お互い思いの丈をぶつけたら、あとは一人にして欲しいんです、ああいう場面では。そしておそらく未央が卯月の手をにぎにぎして名残惜しそうにしているところからして、一応卯月へ「養成所まで一緒に行こうか?」くらいはいったのではないかと。それに対して卯月が首を振ったので、しばらく様子を見てから「じゃあ私たち帰るね」となっているのでしょうけど、そこまで絵にしてしまうのは野暮じゃないか、と。